マイはしと間伐材の利用

先日久々に講演をしました。場所は大阪府豊中市です。 講演でおはしの話をしたのですが、その件で、後で問い合わせがありました。 曰く「割り箸は間伐材を使用している。だからむしろ積極的に使用すべきなんだ」ということです。 間伐材の利用方法は、僕もいいものがないか考えていますが、割り箸がベストだとは思っていません。 また、奈良の吉野のあたりにいくと売っている吉野杉のわりばしは、とてもすばらしいもので、機会があれば買っています。 それでも、「割り箸を積極的に使おう」というメッセージに無条件には賛同はできないと思っています。 学生がそういう話を持ち出してマイ箸を批判するのを聞くと、「ちゃんと勉強しろ!」と言いたくなってしまいます。 この問題は、1)我々が使っている割り箸は間伐材なのか、2)間伐材は割り箸にするのがベストなのか、3)割り箸を「どんどん」使い捨てにすることはよいことなのか、といった辺りの問題を含みます。 以下、僕の評価を述べておきます。 データをもとにした議論をしたい気もしますが、少し下調べに時間がかかってしまいますので、いまはこのぐらいでご勘弁を。 そうそう、「衛生的に・・・」という人もいますが、これは宗教論争でしょうね。

1)割り箸=間伐材なのか

これは、あえてそう表示しているもの以外はバツでしょね。 5−600円の弁当についてきているものはまず違うはずです。 また、竹製の割り箸ならいいんじゃないの?という人もいますが、おそらく、原材料は竹林を大規模に伐採して作っているはずですので、もとは竹林とはいえ、土地が荒れてしまうことに違いはありません。 (たぶん、無限に生え続ける竹はない。) 中国の竹林が持続可能な方法で利用されているという話があれば、ぜひ読みたいです。ご存知の方はご教示ください。

2)間伐材は割り箸にするのがベストか

うちのリビングの床は、熊本の小国杉です。といっても、間伐材を使ったもので、そこまで高くありません。 間伐材って、実は直径10センチ以上のものもたくさん含まれていて、「割り箸にしかできない」ようなものではありません。 何本かを合わせて集成材にする方法もあります。 林業の収益が悪くなってきていて、間伐材が売れないと、商売の足しにならなくて、森を管理することができないと言われています。 僕はこの点について、森を守るのは、国土という観点からも重要で、農家に行われているような直接支払い制度などを用いて、採算を改善すべきだと思っています。 それに加えて、せっかくできた間伐材だから売ろうということで、利用方法を考える。 これはとてもいいことだと思います。 でもそれが、割り箸なのか。 マイ箸や塗り箸(あるいは、何度も使える箸)を使う人を「環境破壊主義者だ」と攻撃するような根拠になるのでしょうか。 間伐材とはいえ、大切に育てた木で、木材として立派に使えます。 国内で木が売れない、安すぎて商売にならないというのが根本原因です。 「割り箸=間伐材だから使わないとエコじゃない」という議論は、そういう問題から目をそむけてしまいます。 それこそ、エコ免罪符です。 短期的には割り箸にするのがベターな解というのは確かだと思います。 でも、それに安住していてはいけない。 長期的にはさらによい利用方法を考えることを今から始める。 だからこそ、今、割り箸にすることも認められるというものだと思います。

3)割り箸を使い捨てにすることはいいことなのか

僕は今の環境問題は、過剰な使い捨て文化がもたらしたと思っています。 その意味で、間伐材でできた割り箸を使い捨てにするなんてもったいないことはやめてもらいたいなと思います。 この世に、使い捨てにしていいものなんてないんですよ。 ものによっては、繰り返し利用ができなくて、代わりに循環利用がなされているものもあります。 だけど、割り箸は、そうじゃない。 身近な箸を使い捨てにすることで、使い捨て文化が、心にしみ込んでいくんじゃないかなと思います。 もちろん、他にも使い捨てにしていてもったいないもの、いろいろありますが、一つ一つ、使い捨てをやめていけるといいなと思っています。

終わりに

マイ箸を持ち歩いているのですが、なかなか身にはつきません。 だまっていて、先に箸を出されると、断りにくいし、友人と食事に行くときは、そういう話題を持ち出すことになると面倒と思い、ついそのまま割り箸を使ってしまったりです。 おまけに、ラーメンのような脂っこいものや、居酒屋では、箸がけっこう汚れるので、やめておいたり。 かたくなすぎるのもどうかとは思いますが、もう少しこだわった方がいいなと自分でも感じます。